漢傳佛教 · 寶積部

勝鬘師子吼一乗大方便方広経(現代日本語訳)第 8 章 · SAT日譯

勝鬘師子吼一乘大方便方廣經 · 松本知己 · 真野新也 · 大久保良峻 · SAT大蔵経テキストデータベース研究会

完整原文 · 现代日译SAT現代日本語訳 T0353
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勝鬘師子吼一乗大方便方広経(現代日本語訳)现代日译完整原文 · 分页阅读

勝鬘師子吼一乘大方便方廣經

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本页内容
现代日译 · 日译章节
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c08
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28
全文规模
全经 748 稳定行段
责任者
松本知己 · 真野新也 · 大久保良峻 · SAT大蔵経テキストデータベース研究会
正文语种
日文
权利
CC BY 4.0;保留 SAT 研究会与具名译者署名
日译章节第 8 章 · SAT日譯
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忠实保留现代日译。SAT 章节次序、译者署名与 CC BY 4.0 来源边界保持不变。

もしも無数の煩悩の蔵に覆い隠された如来蔵の存在に疑いを持たないならば、無数の煩悩の蔵を超越する法身にも疑いを持つことはないでしょう。如来蔵、如来の法身、はかりしれないブッダの境地、及び巧みな手立てを説示することについて、心に疑いを持たない者は、二種の聖なる真理を信じ、理解するのです。このように、知りがたく、理解しがたいのは、二種の聖なる真理の意味です。

その意味とはどのようなものでしょうか。それは、『他による』聖なる真理(作聖諦)、『他によらない』聖なる真理(無作聖諦)と呼ばれます。『他による』聖なる真理とは、『有限な』(有量)四つの聖なる真理です。

なぜでしょうか。他に依存する者は、すべての苦を知り、全ての苦の原因を断滅し、苦の滅を悟り、全ての修行法を実践することができないからです。それゆえに、世尊よ。

生死には『身体による』生死(有為生死)と『身体によらない』生死(無為生死)があり、涅槃にも同じように、[他によるものと他によらないもの、] まだ残りがある(有余)[涅槃]と、もう残りのない(無余)[涅槃]があるのです。『他によらない』聖なる真理は、『無限な』(無量)四つの聖なる真理です。なぜでしょうか。

それ自身の力によって[無限な聖なる真理を知る者は]すべての苦を知り、全ての苦の原因を断滅し、苦の滅を悟り、 全ての修行法を実践することができるからです。そこで、これらは、八つの聖なる真理ということになります。如来は四つの[他による]聖なる真理を、[巧みな手立てとして]説示します。

このように、四つの『他によらない』聖なる真理は、如来・応供・正遍知によってのみ極められるのであり、阿羅漢と縁覚によっては極められません。なぜでしょうか。事象には劣った位のもの、中間の位のもの、優れた位のものがないからこそ、涅槃を得ることができるからです。

なぜでしょうか。四つの他によって作られない聖なる真理は、如来・応供・正遍知こそが極めます。全ての如来・応供・正遍知が、全ての未来の苦を知り、過去より蓄積されてきたすべての煩悩と、現在に勢力ある煩悩と、 それらの原因を断じ、[三乗(の行者)の]心によって作られる身体(三種意生身)がそなえる全ての構成要素を消し去り、 あらゆる苦を滅するからです。

世尊よ。苦の滅とは、法の破壊ではありません。『苦の滅』とは、如来の法身が、無始の過去から存在し、他によらず、生起せず、 尽きることなく、破壊されることがなく、常住であり、本来的に清浄(自性清浄)であり、すべての煩悩の蔵を離れていることを意味します。

世尊よ。法身は、ガンジス川の砂よりも多く、はかりしれないブッダの法と離れたものではなく、また切り離されるということはなく、異なるということがないのです。世尊よ。

この如来の法身が如来蔵であり、それは煩悩の蔵と切り離すことができないのです。

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SAT現代日本語訳 T0353
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